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​道具・制作

メゾチントのベルソー大小
銅版の縁

基本必要なものは ベルソーと削る道具のみで出来てしまいます。

ネットで何でも買える時代ですが、銅版画の材料もほとんどがネットで揃います。専用のインクも版画紙も大判の銅版も購入出来るのです。プレス機も購入できますが搬入にあたっては専門の業者に相談した方がいいでしょう。(もちろん画材店に出向いて実物を手にするのがベスト。)
 

ベルソーの目は85〜100位が程よく、(ちょっと高価ですが一生使える)25mm幅のベルソーも修正用に使うと跡も目立ちにくいので使い勝手が良いです。

削る道具はニードル、バニッシャー、スクレーパー等様々ですが、カッターナイフでも十分代用出来ます。色んなシーンで様々な道具を使い分ける方もいらっしゃるが(それが普通)、私はほとんどの削りはカッターナイフだけ。刃先が折れて、結構細部にも対応出来て便利です。
 

銅版は厚さ 0.8〜1mm位 。簡単に曲がら無い丈夫なものを使用。断截前の大版で購入した方が絵に合わせた好きな大きさで使えるので自由さが増します。

銅版の裁断には 専用の銅版切りで切断します。これもカッターナイフで代用出来ます。定規に沿って徐々に削り銅版の厚さの半分程度削ったら裏面にも溝を入れ、机の直角の角に当てゆっくり折り曲げると切断できます。切った銅板の四隅をヤスリで斜めに削り落としプレスの圧で紙が裂けるのを防ぐと同時に、この四隅が窪んで作品の縁取りになり銅版で刷った証しにもなります。

特別道具にこだわりは無いですが 版画紙はハーネミューレ(ドイツ)がお勧め。というかハーネミューレ以外ダメなのです(私が試した限りですが)。プレスの圧でインクを吸い取る程合いや、削った版面のイメージ通りの刷りが再現出来るのはこの紙以外無いでしょう。まさにメゾチント向きです。ハーネミューレに出会わなかったら途中で投げ出していたかもしれません。紙選びは重要です。

銅版用紙の透かし

ハーネミューレの透かし

 ベルソーの大小
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ベルソー(ロッカー)

これが無いと始まりません。最初買ったときは刃先が鋭く、版面に押し付けるとグイグイ均等な穴が刻まれていく感触が手に伝わってきます。目立てを施した版面はサンドペーパーの様にザラザラしていますが、紙やすりの240番程度で孔の深さはおそらく0.2~0.3mm位と思われます。
刃先の研磨は最新の注意が必要です。​研ぐ角度や力具合で刃先を痛めたり均一に削れない場合があります。刃先の研磨には万力にベルソーを固定し油砥石の方を動かします。歯の角度に沿う様に油砥石を前後に動かして角度のムラを防ぎます。砥ぎは未だに苦手ですが。

銅版の刻目づくり(目立て)は全面が均一の孔の深さになる様に同じ強い力で開けた孔を基準にします。どうしても力の強弱が出て穴の浅い深いが生じます。それを防ぐ為には辛いですけど満身の力を基準にした方がうまくいきます。腱鞘炎が心配になるところです。200mm×200mmの面なら一週間程かけるつもりで休み休み気長に。縦、横、対角の四方向に刻目を施します。特に最初の一面は光の反射で刻目が目立つので隙間が無い様にびっしりと施す。出来上がった版面は「よく頑張った、これでいいです」と乳濁色に変わり労をねぎらってくれますよ。描く意欲が湧いてくる至福の瞬間でもあります。
何もこんな苦労しなくてもあらかじめ特殊加工で目立てしてあるメゾチントプレートなる代物が昔から市販されてはいます。化学処理?された刻目は完璧なメゾチント面を実現しています。一度試してみるのも面白いかも。でもきっとベルソーに戻ってきますよ。

 

目立てが終了した版の四隅 にプレートマーク(ビゾー)を入れます。ヤスリで45度の傾斜を付けスクレーパーやバニッシャーでピカピカに磨いてインクが付かないようにします。紙やフェルトなどへの傷防止と、なによりも銅版画の証であります。

インクローラー大小

インクローラー

幅の大小があったほうがいいです。

試しては刷り、試しては刷りの連続ですから部分的に塗れる幅の狭いローラーは重宝します。インクの拭き取りには古着の白めのシャツや棉系の肌着やら色々用意しておきます。拭き取りの加減で刷りも変わってくるので場面に合った素材で試してみて下さい。

転写

トレーシングペーパーで原画(下絵)の輪郭をなぞっていく。トレース台(ライトテーブル)があればより正確に写し取れる。あまり細かい線は意味がない。その際、刷り上がりが左右反転してしまうので写したトレペを反転して絵のバランスを確認する。右手が左手になってしまう訳で、絵の意図から外れてしまう場合はトレペを逆にして転写する。
目立てした銅版に写し取るにはトレペの裏にカーボン替わりの白チョーク(パステル、クレヨン)を軽く塗り、予め薄くインクを引いた銅板の上に重ね、アタリ用のトンボを引き尖った鉛筆で軽く輪郭をなぞっていく。薄っすらとアタリ程度の線が付けばOK。削り始めるとすぐ消えてしまうので、カッターナイフであたり線に沿って軽く削っておく。

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インク

画材屋にシャルボネール社の銅版画用インクが置いてあったので今でも使っています。最初のいい出会いだったのでしょう。ハーネミューレとの相性も抜群です。

メゾチント専用で黒味の強い濃密なインク。缶に記載された番号で質や粘性が微妙に違います。55981とか55985とか。55985番がメゾチントには最適だと思います。紙の繊維に全てのインクが吸い取られる感じがとても気持ちいいです。

削り

版面に薄くインクを塗り、削った個所のインクを拭き取りつつ削りを進めていく。光源の角度で見づらい時はトレーシングペーパーで光を遮ると削り面が浮き上がってイメージしやすくなる。刷りと同じ絵柄が浮き上がってくるので​15cm角位のトレペを用意して光を遮りながら作業を進める事になる。

メゾチントは光を描くわけで通常の素描とは真逆になります。

tool_09.jpg
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削り個所を何度も何度も 指の腹で拭き取っての繰り返しで、ささくれだった面で指紋がすり減ってしまう程ですから、綿の薄い白手袋(すぐに破れてしまうので使い捨て用の物)をして作業して下さい。​爪の奥にインクが付く防止にもなります。

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試し刷り

本番と同じ条件で。紙もプレスの圧も同じでないとその都度刷りが変化してしまうので最初から最後まで同じ条件を守って下さい。もちろん削ったその部分のみの試し刷りですから紙は小さく切ったものを何枚か用意して水に浸しておきます。

試し刷りの段階で失敗が発覚します。削りすぎがほとんどの失敗の原因です。修復不可能で後戻り出来ない場合はいさぎよく初めからやり直しです。そうならならない為にも慎重に試し刷りを繰り返し彫りを進めていきます。

​多少の修復は幅の狭いベルソーを失敗部分に施して削り直せば可能ではありますが、目立たなくするのは至難です。

本刷り

さていよいよ本番です。試し刷りで何度も確認していますから工程はほぼ同じですが、気持ち、気合が違います。白い余白の中に黒々とインクが染み込んだ一枚の版画紙を、銅版から引き離す瞬間は他の絵画では味わえない貴重な体験です。

 

インクの準備 。よくこねてローラーになじませておく。銅版をヒーターで温め、熱いうちにローラーで全体に満遍なく転がしインクを引いていく。版の上にインクの層を作る感じで厚めに塗る。熱で孔の中にインクが染み込むのを待つ。熱が冷めたらインクの拭き取り作業。拭取り用の色んな素材、硬さの布を用意して使い分けていく。急ぐ必要はないです。1時間以上かけて拭き取る場合もあります。微妙な加減で、試し刷りの時の感覚を思い出しながら拭き取り過ぎず丁寧に。

版画紙は予め刷る枚数分 、水に30分以上は浸しておきます。新聞紙に挟んで 軽く水気をきった後、ゆっくりと版の上に置きます。紙の表と裏を間違えない様に。ハーネミューレのロゴが読める面が表です。多色刷りの場合はプレス機のベッドプレートにトンボ、あたり線を入れておく。メゾチントの場合、単純に別の色を足したい場合は、スミのインクを拭き取った後に、その上から別のローラーでカラーインクを転がして単純多色にする事も出来ます。その場合は一度のプレスで済みます。

版画紙が汚れないようにプレートにインク汚れゴミは落ちてないか確認。版画紙とラシャの間にコート紙のようなツルツルの広告チラシを挟む(裏映りしない)と裏側の汚れが回避出来たりします。

プレスの圧も試し刷りの容量で。紙の繊維が刻目に食い込んで全てのインクを吸い取ってもらうため強めの圧をかけます。最後までローラーのスピードを一定に保ちスムーズに転がしていきます。一往復します。期待と不安の幕間に立っている感じ。ゆっくりと版画紙を剥がして、うん!バッチリ!といけば・・・。インクの拭き取り具合で微妙に変化してしまうので、その辺は経験です。不満があれば部分的に削り足したり、部分修正も可能です。ただし、修正の後が目立ちやすいので気を付けて下さい。うまくいけば二回目も全く同じ条件で繰り返し刷っていきます。

暫し満足な出来栄えの作品を前に余韻に浸って下さい。そしてこれまでの工程を反復していろんなアイデアを編み出し自分のものにして下さい。

そして、ここまでの工程がなんと 

たった2畳半のスペースがあれば出来るんです。プレス機と作業机とインクを練るスペースがあれば狭い1DKのアパート住まいでもOKです。

後片付け 

作業が終わればサッサと片付けましょう。

インクは日持ちしませんから余っても捨ててしまいます。溶剤をインクの上から流し、銅版も同様に完全にインクをウエスで拭取ります。溶剤は手に入り易い灯油で代用出来ます。換気に注意し火気厳禁です。

版は新聞紙に包んで保管します。表面はデリケートですので絶対傷つけずに涼しい場所に保管していれば何年も現状維持出来ます。

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ここで強調しておきたいのはメゾチントは健康にいい! です。というのも通常エッチングには腐食という工程が存在します。硝酸水溶液や塩化第二鉄水溶液に銅板を浸して静かに見守り、頃合いを見て引き上げる。換気設備が整った場所ならまだしも自宅でこの作業は気管支・肺への悪影響が考えられます。また廃液処理にも困ります。ですがメゾチントには腐食の工程が無いのでその心配がありません。全てが人力です。そのかわり体力勝負ですけど。

400年前から変わらぬ技法 ですが、昨今の技術革新で身の回りはデジタル機器で囲まれる時代になりました。プリンターやスキャナ、携帯のデジタルカメラにビデオ、パソコンのグラフィックソフトなども日常に入り込んでいます。誰もがデザイナーで写真家の時代です。流行り廃れに惑わされる事なく新しいものも取り入れていく、新しい発想のメゾチント 作品創りが期待出来そうです。

2018.8 Mezzotint考 Copper engraving        2021.7 tsui no tanka

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